感情をコントロールしたい方におススメの本

どんな人にオススメの本か?

今回は、本の紹介です。タイトルは

↓松原正樹著『感情を洗いながす禅の言葉』

この本は、

1.感情をコントロールしたい
2.どうしても、人と自分を比べてしまう
3.寂しさや悲しみが、いつも自分の中にある

などという方にオススメです。

どんな風にオススメなのか、ご紹介していきますね。

著者の松原正樹さんは、どんな人?

著者は松原正樹さん。臨済宗のお寺の住職であり、同時にアメリカのコーネル大学で宗教学の教鞭をとっている方です。

なかなか型破りな経歴の方です。

おじいさまは、松原泰道という高名な禅僧で、実は私も学生時代、この松原泰道さんの本から大きな感銘を受けました。

こういう表現はあまり好きではないのですが、日本の禅の世界では、主流中の主流にある方です。

それを、あえて「日本の禅」という限られた世界から、外に飛びだして、新しい地平を開いている方です。

というのも、松原さんは、大学卒業後、禅の修行道場へ行き、スペイン巡礼し、アメリカにわたって博士号を取得して大学で教え、アメリカ人女性と結婚して家庭を持ち、日本では住職をしているのです。

それは、 禅の教え「主人公であれ(主体的でありなさい)」に忠実であった結果であるというのです。

とはいえ、ご本人はとても気さくで自然体な方です。それは飾らない文章からも伝わってきます。

ご縁があって私は、何度かお会いしたことがあります。松原さん主催の素敵な鎌倉リトリートに参加したり、Google研修から始まったマインドフルネスを共に学んだりしました。その時にも松原さんの飾らない自然体で主体的なあり方に直に接することができました。

今回、ご紹介するのは、本の内容はもちろんのこと、著者ご本人がとても魅力的な方だからです。

では、ここから内容をみていきましょう!

坐禅についてのよくある誤解

「感情を洗いながす禅の言葉」松原正樹著

心について のよくある誤解

よく、「坐禅=心を無にすること」だと思っている人がいます。一生懸命に何も考えないようにしたり、感情を消そうとしたりと、そんなことが前だと思っている人がいますが、それは誤った理解です。


何も考えず、感情を消すなどという事は不可能です。「心をなくす」ことなど私たちにはできません。


「心を無にする」とは、「かたよらない心、こだわらない心、とらわれない心」を耕すこと。


(静かにすわることで)心の視点を変える。それによって世界の見方が変わり、どのように行動するかも変わっていきます。

「感情を洗いながす禅の言葉」より

禅でいう「無」とは何?

「『いい・悪い』を決めようとする価値判断から自由になる」ということ。禅ではその自由になった状態を、「無」と表現しています。

「感情を洗いながす禅の言葉」より

相手との距離について

「期待はかなわないのが当たり前」くらいに思っておいて、かなったときは、「ええ~っ、ラッキー」と喜べばいいのではないでしょうか。

「感情を洗いながす禅の言葉」より

自分は自分。比べない、戦わない、大きく見せない

「承認欲求」は、もちろん私にもあるし、あなたにもあるでしょう。ただ、こんなふうに大勢の人がネット上で承認欲求を満たそうとしているのは、逆にいうと「人に承認されて心が満たされること」がなかなか難しくなっている証拠かもしれません。


大切なのは、やはり最後は、「自分で自分を認められること」「自分で自分を受け入れること」

「感情を洗いながす禅の言葉」より

「私」にこだわらず「私たち」で考える

だいぶん引用が続ききましたが、次は、私も今、とても関心がある、チームビルディングについての言葉をご紹介。

チームは、仕事だけでなく、地域にも、学校にも、そして家族の中にもあるのです。

人と言うのは、誰しもが異なった存在です。会社の人間関係はもちろん、家族でさえ、そこにいるのは自分と異なった存在なのです。2人以上の人間で一緒に何かをしようとするとき、私たちは常に「自分と違う存在」を受け入れて、チームを作らなければいけません。


問題が起こったら「誰が悪い」でなく、「私たちの問題」として考えてみる。主語を「私」ではなく、「私たち」として考えてみる。

「感情を洗いながす禅の言葉」より
タカハシタカハシ

チームビルディングは、ワタクシ、ただいま絶賛取り組み中!「禅」って静かに座っているだけではなかったのね!

悲しみと握手する

ここは、是非、直接本を手に取って読んでいただきたいところです。

なぜなら、ここに書いてあることは、語る人の「人間としての目に見えない器」の下支えがなくては伝わらない、と感じるからです。

でも、内容の方向性をご紹介するため、少しだけ、引用しますね。

ときには辛い「縁」もありますが、それをどう心の中で解釈するかは、私たちの選択次第なのです。その選択に後悔しないためには、自分自身の魂が発っしている声に素直になることです。


自分の選択を信じて、生者の道を断固として歩んでください。

「感情を洗いながす禅の言葉」より

「今日からは地獄で説法をする?!」

強烈な見出しで、驚かせたなら、あやまります。

実はこれ、著者のお祖父様で、高名な禅僧だった松原泰道老師の、お亡くなりになるときのメッセージなのです。実際は

「私が死ぬ今日の日は、私が地獄でする説法の第1日です」

とおっしゃったそうです。

世間に広く知られている言葉とは違うそうです。たぶん、そのまま公表するのはどうか、と思った人が編集したのかもしれません。

このメッセージには、注目すべき考え方が2つあります。

1つ目は、「死」は通過点、ということ。

2つ目は、「地獄で説法をするのだ」という強い意志、

です。

なぜ、このような高僧が地獄へ行こうとしたのでしょう?

私が思うに、「天国にいる人に説法はいらない。 説法が必要なのは、迷っている人だ。そして、この世もあの世も含めて、最も迷っている人は、地獄にいる」とお考えになったのでは、と僭越ながら想像するのです。

そして、その考えの根本には、どんな人にも「仏性=仏のような心」があるという考え方だと思います。

私も、あなたも、「仏さま」同士

「感情を洗いながす禅の言葉」より

まとめ

「禅」って、ただ静かに座っているだけではなく、日常生活のあらゆるところで使える「生きる姿勢」のようなものだと思いました。

心の持ち方、心の視点に興味のある方、ぜひ読んでみてください。

本の中では、心の持ち方が変わると、行動が変わる、ということも、何度も述べられていますよ。

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講師:高橋美佐

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