6月29日、曹洞禅インターナショナルに連なる川合登世子さんとランチをしました。

川合さんは、お父様が、ハワイの大正寺の住職をなさっていたそうです。
次男の同級生のお母さんで、私が「コーチングサロン」を始めたころからおつきあいしていただいています。

宮沢賢治の大ファンで、それは、彼が「仏の道」を実践しているからなんだそう。
彼の後に続こうと、アメリカのアイビーリーグの大学で農業の修士号を取得。
今は、3人の子育てをほぼ終えて、地域のために尽力しています。地域を豊かにする手段が、「農業」から「地域の人間関係」にシフトしている感じで、「宮沢賢治スピリット」は変わらず持ち続けていらっしゃるように思いました。

今回、私がサンフランシスコのSearch Inside Yourself Engageのプログラムに参加したとき、曹洞宗国際センターの方々ともご縁があったので、禅とマインドフルネスについていろいろ話が盛り上ったのでした。

話題は主に2つ。

1)何のためのマインドフルネスか?

マインドフルネスは、ストレスを減らすのに役立つ、生産性を上げるのに役立つ、創造性を発揮するのに役だつ・・・つまり「お役立ちツール」だという理解が広まっています。もちろん、そのように役立てるのはとてもいいことです。けれども、果たしてそれだけでいいのだろうか?

2)私はどうやら、大きな勘違いをしてきたらしい。

ここでいう「私」とは「高橋」のことで、彼女ではないのですが・・・。
私はこれまで、「私が、勉強する」「私が、仕事をする」「私が、子育てする」「私が、周囲の役にたつ」・・・というスタンスで、ずっと活動してきました。けれども、これは大きな勘違いだったのかもしれない、と思いはじめています。

「私が、勉強する」のではなく、「私を通して、学びが起こる」
「私が、仕事をする」のではなく、「仕事が、私(そして、他の誰か)を通じて、進んでいく」
「私が、子育てする」のではなく、「私との関係性も加味しつつ、子供が育っていく」
「私が、周囲の役に立つ」のではなく、「私と周囲の関係性の中で、なにかよいことが起こっている」

つまり、「私」が独立して存在し、行動する、といういう風に今まで考えてきましたが、それは大きな勘違いだったのではないかと思い始めているのです。

そうすると、呼吸ひとつをとっても「私が呼吸する」のではなく、「呼吸が私を呼吸する」という風に変わっていきます。

すると、1)のマインドフルネスについての考えも変わってきます。

「私がマインドフルネスを行って『イイ感じ』になる」のではなく、「マインドフルネスが、私を通して、なにか新たな状態を生み出す」のようになるのです。

このあたりは、よくわからないことも多いのですが、楽しみながら深められるといいな、と思っています。

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(ハワイ、ヒロの大正寺の近くにあるレインボー滝)