日本でも「ポケモンGO」がリリースされて、話題になっています。

・あちこちで、町を歩く親子連れ
・学校や職場で禁止令がでる
・神社などでも禁止令
・運転中にプレイして検挙される
・・・・

私に入ってくる情報はどちらかというと否定的ニュアンスが多いように思います。

ポケモンGOの会社はマインドフルネスを取り入れていた

コーチング仲間がこんな記事をシェアしてくれました。

「ポケモンGO、ヒットの裏に“禅”の精神」
(登録(無料)すれば全文読めます)

ポイントは、ポケモンGOの開発に成功したのは、優秀で個性的なエンジニアをマインドフルネスでまとめたからだ、というのです。

今、シリコンバレーのIT系会社の多くが、マインドフルネスを取り入れていますが、ポケモンGOはホンの一例、というわけです。

マインドフルな会社の製品が、マイナス影響を与える?

それで、思いました。

優秀な人たちがマインドフルネスで力を合わせると「スゴイ製品」ができる。大ヒットする。その大ヒット製品は、社会にどんな影響を与えるのでしょう?

「ポケモンGO」を例にとってもう一度検討したくなりました。それで、サーチ・インサイド・ユアセルフで共に学んでいる仲間の力をお借りしました。

私:ポケモンGOをリリースした会社は、マインドフルネスを取り入れて開発力をアップさせた。その結果、出来上がった製品は子供たちをマインドレス(心ここにあらず)にしている印象がある。マインドフルな会社が、子供をマインドレスにしていること、ってどう思う?

A:そういうことってあるよね。マインドフルネスで競争力を増したチームが、あらゆる意味で社会的にインパクトのある製品を作ることって。これからも、きっとあるよ。

B:ポケモンGOが売り出されてからビーチ(オーストラリアです)で子供たちの姿をよく見るようになったわ。以前はそんなこと、なかった。
子供たちが、外に出るようになったわよ。

C:新しい人との出会いがもあるしね(そういうゲームらしいです)

B:そうそう、ビーチで5~6人ずつ集まっているわよ

D:気になるのはポケモンGOでもほかのゲームでも子供たちが「憑りつかれたように」ゲームをして、他のことが目に入らなくなるらしいことね。

B:ゲームをする、ということについては、とてもマインドフルよ。集中しているし。

ビデオゲームをすることはマインドフルネス?




ここで、思い出したことがあります。

かつて「ビデオゲームをすることはマインドフルネスなのかどうか?」という議論がありました。

ひとりの僧侶が「YES」と答えて、話題になったと記憶しています。



マインドフルネスの定義は

「特別な形、つまり意図的に、今の瞬間に、評価や判断とは無縁の形で注意を払うこと(ジョン・カバット・ジン)」

とされています。

これによると、ゲームをすることもマインドフルネスと言えそうです・・・。


ここで、さらにもう一つの視点をご紹介したいと思います。

「クローズ」な集中と「オープン」な集中

それは「クローズ」な集中と「オープン」な集中です。

「クローズ」なマインドフルネスでは、一つの対象に注意を集中させます。

「オープン」なマインドフルネスでは、そこで起こっていることすべて注意を向けます。


だとするとゲームは「クローズ」なマインドフルネスに分類されそうです。

そして、楽しくゲームを続けるためには、ゲームをしている自分の周りで起こっているすべてのことにも「オープン」な注意を払うことが重要なのではないか、と私は思います。



というわけで。



研究として、私もポケモンGOをインストールしました♪

DSC_0003